塾長ブログ【福岡市東区香椎の学習塾、自立型個別学習塾HYBRID】

受け身の授業で生徒は頭を使わなくなる!?だから自立型個別学習塾「HYBRID」

『心構え×学習の質×反復回数』を成績アップの公式として掲げ、自立学習を推奨している福岡市の自立型個別学習塾「HYBRID (ハイブリッド)」塾長が歴史上の人物や各界の偉人たちが残した名言や教訓、塾長直々の学習方法に関するアドバイスを随時更新中。
「学校の授業についていけない」「塾に通ってもイマイチ結果が出せない」そんな生徒さんは集団指導でも個別指導でもない、新しい塾の学習スタイル『自立学習』を取り入れた学習塾「HYBRID (ハイブリッド)」で自ら学ぶ楽しさを体感して下さい。

12月31日(金)

 
萬燈行

 内外の状況を深思しましょう。
 このままで往けば、日本は自滅するほかはありません。
 我々はこれをどうすることも出来ないのでしょうか。
 我々が何もしなければ、誰がどうしてくれましょうか。
 我々が何とかするほか無いのです。
 
 我々は日本を易(か)えることが出来ます。
 暗黒を嘆くより、一燈を付けましょう。
 我々はまず我々の周囲の暗を照す一燈になりましょう。
 手のとどく限り、至る所に燈明(とうみょう)を供えましょう。

 一人一燈なれば、萬人萬燈です。
 日本はたちまち明るくなりましょう。
 これ我々の萬燈行であります。
 互に真剣にこの世直し行を励もうではありませんか。

 
 安岡正篤


掲載日:2010/12/31トップページへ戻る

12月30日(水)

今年もありがとうございました

お陰さまで今年も無事に一年間
塾を運営することができました。

早いもので来年5月には、
塾は開設から3周年を迎えます。

よりよい塾の在り方に向けて
私の挑戦はまだまだ続きます。

まだ正式には発表できませんが、
いくつかの新しい取り組みについての
準備を着々と進めています。

これらの企画、皆さまに
きっと喜んでいただけると確信しています。

これからも、これまで同様、
引き続きHYBRIDにご愛顧下さいますよう
宜しくお願い申し上げます。

皆さま、佳いお年をお迎えくださいませ。

HYBRID塾長 稲永 浩


掲載日:2010/12/30トップページへ戻る

12月29日(水)

努力は人を裏切らない

一昨年の秋、思いもよらない知らせが飛び込んできました。
その年に発刊された『ミシュランガイド東京2008』で、
私が営む料亭「小十(こじゅう)」が
三ツ星を獲得したというのです。

二〇〇三年、銀座に開店した「小十」は、
カウンター六席、お座敷一室の小さな料亭です。
料理はお客様の年齢、好みに合わせて
オーダーメイドでお作りし、
心を込めておもてなししています。

ありがたいことに、三ツ星をいただいてから
予約や取材依頼が絶えませんが、
それに甘んじることなく日々研究を重ねているところです。

元々、私は料理人を目指していたわけではありません。
中学卒業後、教師を目指して進学校に入学したものの、
途中から勉強についていけなくなりました。

担任からは「みんなの邪魔をするな」と煙たがられ、
周囲から孤立した私は、小遣い稼ぎに
地元の静岡の居酒屋でアルバイトを始めました。

そこで目にしたのは、鰹を三枚におろし、
手際よくキャベツの千切りをこなす職人たちの姿です。
聞くと、彼らの中には中卒や高校中退者も多く、
自らの努力で道を切りひらいてきた人たちばかりでした。

「自分も頑張ればできるかもしれない」

そんな思いが頭をよぎりました。

また、私は中学時代野球部で練習に
明け暮れていましたが、体格に恵まれず、
最後は怪我をして断念せざるをえなかった
という悔しい思いがありました。

しかし、料理には学歴も体格も関係ありません。
腕が二本と本人の努力さえあれば必ず道はひらける――。
そんな実力勝負の世界は強く私を引きつけ、料理の道を志しました。

高校卒業後、アルバイト先の主人に
「静岡で一番厳しいところを紹介してください」
と頼み込み、修業が始まりました。

不器用な私はこれ以上傷つける場所がないほど
指を切りながら、人の十倍練習しました。
以前のように、途中で投げ出して後悔したくなかったのです。

「二十五歳までに独立しよう」と決めたのは、
修業から三年目のことです。
そのためにいまの自分に何が足りないか一つひとつ書き出し、
それらを順にクリアしていきました。

転機となったのは、たまたま参加した講演会で、
志摩観光ホテル元総料理長の
高橋忠之さんの話を聴いたことです。
その時の衝撃はいまでも忘れられません。

二十九歳で料理長に就任し、独学でフランス料理を習得。
伊勢志摩でとれたものしか使わないという
高橋さんの料理哲学に涙が出るほど感動しました。

このまま二十五歳で独立してお店を持てば、
ある意味では成功かもしれない。
しかし、本当にそれでいいのだろうか。
料理にはもっと、深くて素晴らしい世界があるんじゃないか……。

そんな時、徳島の産物のみを使った
料亭「青柳」の主人の本『味の風』に出合ったのです。

「これだ!」と確信した私は、
半年間電話し続けてようやく採用していただけたものの、
あてがわれた仕事は下足番でした。

下足番ではお客様の顔を覚え、
役職なども考慮してタイミングよく、
時にはきれいに磨き上げて靴をお出しします。

「料理はどれだけ気がつくかだ」という主人の言葉を胸に、
常に相手が何を求めているのかを察する癖をつけていきました。

下足番を卒業しても、徳島そごう店の支配人を命じられ、
一切料理の勉強をさせてもらえませんでした。

同時期に入った高校生はすでに調理場に立っており、
なぜ自分だけがと悔しい思いもしましたが、
ここで逃げたらいままでの苦労が水の泡です。

「教えてもらえないなら見て盗んでやろう」
と気持ちを切り替え、先輩の背中を見て
仕事を覚えていきました。

主人はそんな姿を見ていてくれたのでしょう。
三年後、ようやく調理場に入ることを許された時は、
一軒の店を任され、前料理長を指導につけてまで
料理に専念させてくださいました。

一年間修業を積み、静岡に念願の小料理屋を
オープンしました。店は繁盛しましたが、
より高みを目指して東京に出店を決意。

勝負するなら東京の中でも銀座、
しかも周囲に繁盛店が立ち並ぶ一等地と、
自分を追い込んでいきました。

しかし、子供も生まれ、いよいよこれからという時、
厳しい現実が立ちはだかりました。
お客様がまったく来ないのです。

オープンして二か月後には資金も底をつき、
家賃も給料も払えなくなりました。
静岡の実家を担保に借金を重ねていたため、
このままでは六十歳を過ぎた両親が家を失い、
親戚を訪ね歩くようになるんだと思うと
涙が止まりませんでした。

死を覚悟し、高層ビルから飛び降りようと
思ったこともあります。
しかし、死ぬ前に一度、なぜお客様が来ないのか分析すると、
まだこの店が知られていないのではないかと
思い至りました。

その日から雑誌数十社に掲載依頼を書き、
ことごとく断られましたが、
そのうちの一社が取り上げてくださいました。

その後、口コミで徐々にお客様が増え、
今日まで歩んでくることができました。
さらに、一昨年に続いて
昨年も三ツ星評価をいただくことができたのです。

いま思うと、これまで私が経験した
ささやかな成功の裏には、
必ず大きな挫折や失敗がありました。

人は辛い時、それが一生続くかのように考えがちです。
しかし、失敗の中には必ずチャンスがあると考え、
心のバランスをとって努力し続けることが
後の成功につながるのではないかと思います。

中学では野球、高校では勉強で落ちこぼれた私に、
神様は料理という素晴らしい世界を与えてくれました。
そのご恩に報いるためにも、
これからも料理を通じてお客様一人ひとりの幸せを願い、
微力を尽くしていきたいと思っております。

奥田 透(おくだ・とおる=小十店主)


掲載日:2010/12/29トップページへ戻る

12月28日(火)

こつこつ

こつこつ
こつこつ
書いていこう

こつこつ
こつこつ
歩いてゆこう

こつこつ
こつこつ
掘ってゆこう

坂村真民


掲載日:2010/12/28トップページへ戻る

12月27日(月)

三上の読書

つまらぬ小説や愚論に類するものは
なるべく読まぬようにすると共に、
心が浄化されるような立派な書を読むべきである。

特に朝、それも一時間とは言わぬ、三十分でよい。
昔の人も枕上(ちんじょう)・馬上・厠上(しじょう)の
三上の読書ということを言っておるが、
私は長年必ず厠(かわや)で読むことにしておる。

厠で読むだけの時間であるから、
何枚も読めるものでもないが、
十年、二十年と経つと、自分でも驚くほどの量となる。
しかもこれは数量の問題ではない。

その時に受けるインスピレーションというものは、
到底書斎の中で何々の研究などやっておって
得られるものではない。

況(いわん)やこれから安眠熟睡しようという
枕のほとりにおいておやである。
寝る前に週刊誌等を読むのは最も愚劣なるものである。


安岡正篤


掲載日:2010/12/27トップページへ戻る